相続の手続きは、亡くなった方が「どこに」「何を」持っていたのかを、遺された家族が 一つずつ調べるところから始まります。心当たりを探し、金融機関に問い合わせ、 書類を集める作業には、想像以上に時間と手間がかかります。悲しみの中でこれを行う 家族の負担を思うと、元気なうちに本人ができる準備には大きな意味があります。 この記事では、生前にやっておくとよいことを全体の見取り図としてまとめました。 一つひとつは難しいことではなく、少しずつ進めていける内容です。

まず「財産の棚卸し」から

最初に取り組みたいのが、自分の財産の棚卸し、つまり「どこに何があるか」の一覧づくりです。 預貯金、証券口座、不動産、保険、借入金など、財産の種類ごとに、金融機関名や おおよその内容がわかるように書き出しておきます。家族がこの一覧を見れば、 どこに問い合わせればよいかがすぐにわかり、財産を調べる負担が大きく減ります。

一覧には、口座番号や暗証番号、パスワードといった機密情報まで書き込む必要は ありません。むしろ、それらを書いた紙を残しておくこと自体がリスクになります。 「A銀行に普通預金がある」「B証券に投資信託がある」という程度の情報でも、 家族が手続きを始めるための手がかりとしては十分です。

使っていない口座・サブスクを整理しておく

長年のうちに、使わなくなった銀行口座や、加入したまま忘れているサブスクリプション (定額課金サービス)が増えていることがあります。口座が多いほど、相続の際に それぞれで名義変更や解約の手続きが必要になり、家族の作業量が増えます。 残高がわずかな口座や、もう使わない口座は、生前に解約してまとめておくと、 手続きの数を減らすことができます。

サブスクリプションは、本人が亡くなったことを家族が知らせない限り、 料金が引き落とされ続けることがあります。加入しているサービスの一覧を作り、 不要なものは解約しておくと、家計の見直しにもなり、家族が後から 「これは何の引き落としだろう」と悩むこともなくなります。

遺言書を書くことを検討する

誰に何を引き継いでほしいか、はっきりした希望がある場合や、相続人の間で 話し合いがまとまりにくそうな事情がある場合は、遺言書の作成を検討する価値があります。 遺言書があると、遺産分割協議をせずに手続きを進められる場面が増え、 家族の負担やもめごとを減らせることがあります。

遺言書にはいくつかの形式があり、代表的なものが、自分で書く「自筆証書遺言」と、 公証役場で公証人に作成してもらう「公正証書遺言」です。それぞれ、書き方の要件、 保管の方法、費用、家庭裁判所での検認の要否などに違いがあります。形式ごとの 要件を満たしていないと無効になることもあるため、書き方の詳細や、どの形式が 自分の状況に合うかについては、司法書士・弁護士などの専門家に相談しながら 進めることをおすすめします。

家族と方針を話しておく

書面を整えることと同じくらい大切なのが、家族と話しておくことです。 自分がどう考えているか、財産の一覧や重要書類をどこに置いているか、 もしものときに誰に連絡してほしいかを、日ごろから少しずつ伝えておくと、 家族は迷わずに動くことができます。

相続をめぐる家族間の行き違いは、金額の多い少ないよりも、 「聞いていなかった」「そんなつもりではなかった」という気持ちのすれ違いから 生じることが少なくありません。元気なうちに、本人の口から考えを伝えておくことは、 どんな書面よりも家族の納得につながることがあります。

保険・年金の受取人と連絡先を確認する

生命保険は、加入していること自体を家族が知らないと、請求されないまま 時間が過ぎてしまうことがあります。保険会社名、証券番号のありか、 担当者の連絡先などを一覧に加えておきましょう。あわせて、受取人が 現在の家族関係と合っているか(結婚・離婚などの後に変更し忘れていないか)を 確認しておくと安心です。

公的年金や企業年金についても、受給の状況や連絡先をわかるようにしておくと、 家族が受給停止や未支給年金の手続きを行いやすくなります。小さなお子さんが いる方の受取人指定や後見の備えについては、別記事「子育て世代の万一への備え」で 詳しくご説明していますので、あわせてご覧ください。

医療・介護の希望を伝えておく

生前の準備は、亡くなった後のことだけではありません。病気や事故で 自分の意思を伝えられなくなったときに、どのような医療や介護を望むか、 延命治療についてどう考えるか、誰に判断を委ねたいかを、家族に伝えておくことも 大切な準備です。希望をあらかじめ共有しておくと、いざというときに 家族が重い判断を一人で背負わずにすみます。

エンディングノートとデジタル情報の整理

ここまで挙げてきた「財産の一覧」「連絡先」「医療の希望」などを一冊にまとめて 書き留めておく道具が、エンディングノート(引継ぎノート)です。決まった書式は なく、市販のノートや、アプリ形式のものなどさまざまな選択肢があります。 書けるところから少しずつ埋めていき、状況が変わったら書き直していく、 という使い方が続けやすいでしょう。

スマートフォンやパソコンの中の情報、ネット上の口座やサブスク、SNSアカウントなどの 「デジタル遺品」は、家族が把握しづらく、放置されやすい分野です。整理の考え方や 記録の残し方については、別記事「デジタル遺品の整理」で詳しくご説明していますので、 あわせてご覧ください。

生前にやっておくとよいことの一覧

やっておくとよいこと 家族にとってのメリット
財産の棚卸し(どこに何があるかの一覧づくり) 財産を探す手間が減り、手続きを早く始められる
使っていない口座・サブスクの整理 名義変更・解約の件数が減る。不要な引き落としを防げる
遺言書を書くことの検討 遺産分割協議の負担が減り、もめごとを防ぎやすい
家族と方針を話しておく 家族が迷わず動ける。気持ちのすれ違いを防げる
保険・年金の受取人と連絡先の確認 請求もれを防ぎ、受取人の指定を今の家族関係に合わせられる
医療・介護の希望を伝えておく いざというときに家族が重い判断を一人で抱えずにすむ
エンディングノートの活用 必要な情報が一冊にまとまり、家族が確認しやすい
デジタル情報の整理 把握しづらいネット上の資産・契約を家族が引き継げる

「元気なうちに」だからこそできること

これらの準備に共通しているのは、判断力・気力・時間に余裕があるうちでないと 進めにくい、という点です。財産の一覧づくりも、口座の整理も、家族との話し合いも、 気持ちの余裕がある時期にこそ落ち着いて取り組めます。

完璧にそろえる必要はありません。まずは財産の一覧を大まかに書き出すことから始め、 年に一度、誕生日や年末などのタイミングで見直して、変わったところを書き直していく。 その程度のペースでも、何も準備がない状態と比べれば、遺された家族の負担は 大きく変わります。少しずつ、できるところから進めていくのがおすすめです。

まとめ

生前の準備は、家族への最後の思いやりの形の一つです。財産の棚卸しから始めて、 不要な口座やサブスクを整理し、必要に応じて遺言書を検討し、医療や相続について 家族と話しておく。一つひとつは小さな作業でも、積み重ねることで、 遺された家族が「どこに何があるかわからない」という状態で途方に暮れることを 防げます。借金や負債の引き継ぎに関する注意点は別記事「相続放棄と借金の相続」、 不動産の相続手続きの流れは別記事「土地・不動産の相続手続き」でご説明していますので、 あわせてご覧ください。財産の内容が複雑な場合や、相続税がかかりそうな場合、 遺言書の内容に迷う場合などは、早い段階で税理士・司法書士などの専門家に 相談しておくと、生前にできる対策の幅も広がります。

ご利用にあたって

本記事は、生前の準備に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、 個別の税務相談・法律相談に代わるものではありません。遺言書の形式や要件、 生前贈与や相続対策の可否・効果は、個々の家族構成や財産の状況によって 扱いが変わります。具体的なご判断の前には、必ず税理士・司法書士・弁護士などの 専門家にご相談ください。

記事内で触れている制度(遺言書の形式、年金の手続きなど)は執筆時点のものです。 制度は改正されることがあるため、最新の内容は法務省・国税庁・日本年金機構などの 公的機関の発表、または専門家にご確認ください。